アイスタイルだからこそ実現できた、ネットとリアルが融合したプラットフォーム
2024年6月期は、店舗・ECなど国内の小売事業が業績を牽引し、購買体験で蓄積されたユーザーの熱量やブランドとの接点を価値化することで、マーケティング支援事業も着実なる成長を遂げた。アイスタイルが創業以来目指してきた「ユーザーとブランドとの出会い」がどのようにして生まれ、その背景には何があったのか。ユーザーやブランドと向き合い続けてきた各事業の責任者たちに話を伺った。
【ユーザーの熱量により生まれたシナジー】
菅原:この飛躍した1年を振り返り、ユーザーとブランドとの出会いを創るなかで、どのようなことに注力してきたのか。まずはそこから教えてください。
作間:実は2020年から@cosmeのアプリを強化してきました。自分にぴったりのコスメと出会える「マイコスメ」をコンセプトに、メディア・EC・店舗と連携しながら体験提供を進めています。キーワードは、セレンディピティ(思いもよらない幸運な出会い)とパーソナライゼーション(その人に合ったブランドやコスメの提供)。これらを大事にしながら、リアルとネットを融合した体験設計をつくっています。また、店頭でアプリのダウンロードを促すイベントを行うことで、@cosmeの世界観を体験したユーザーにアプリを使ってもらう機会が増えました。そこから、アプリの強みである接触頻度やその人に合った体験提供により、定着率を高めることでアクティブなユーザーがさらに増え、結果として購買接点であるEC・店舗での売上が伸びています。
菅原:なにより@cosmeとのエンゲージメントが高い(よく利用してくれる関係性が深い)アクティブなユーザーが増えたことが大きいですね。実際に、ECにおいてもユーザーの動きが活発になったと感じることはありますか?
本橋:ECでもユーザーアクションの活性化を強く感じています。私たち@cosmeのプラットフォームのなかで最も多くのユーザーを抱えているのはメディアであり、生活者が化粧品を購入するステップにおいて必要なものとして存在していますが、クチコミやランキングを確認するのみということが多く、そこから直接@cosme SHOPPINGで購入するということは生活者の体験を考えたら当たり前ではあるのですが、皆さんが想像するほど爆増するという構造ではありませんでした。それが、アプリを通じた体験提供により、アクティブなユーザーが@cosme SHOPPINGにも訪れてくれるようになり、10年以上ECを続けてきて、この1年で「ようやくここまで来たな」と大きな変化を実感しました。それに加えて、今までのメディアからECの導線だけではなく、昨年9月にオープンした「@cosme OSAKA」と他の既存店においても来店客数が右肩上がりに増えたことや、店頭でのアプリ促進によって、店舗が@cosmeアプリをダウンロードする新しい入り口として機能し始めています。単にポイント還元があるからEC・店舗を使うのではなく、@cosmeだからこそユーザーの興味関心やアクションを引き起こし、アプリだからこそコミュニケーションが活発になる。結果として、ずっと念願であったECでの購買に繋がるサイクルが出来上がり、数字にも如実に表れた1年となりました。
菅原:具体的に数字として表れたのは、どんな部分ですか?
本橋:ECの新規顧客の獲得に苦戦していた時期がありましたが、この1年で昨対比129%という、これだけ世の中の購買活動がリアルに回帰しているなかで驚異的な数字を記録しました。そこからさらに、店舗利用者がアプリを通じてECも併用してくれたことで、店舗とECでの購買併用率も+6ポイント上がり、プラットフォーム内でのシナジーの高まりを感じています。
菅原:確かに12月の「@cosme BEAUTY DAY」、6月の「@ cosme SPECIAL WEEK」などのセールイベントも成功しましたが、それ以外の通常期間も好調でしたね。特に12月のイベントに使うプロモーション費用が年々減少しており、そして6月のイベントではほとんどプロモーションをしていないにもかかわらず流通総額が22億円に達しました。この12月のイベントに匹敵する規模にまで成長した背景を教えてください。
本橋:先ほどお話したメディア・EC・店舗が三位一体でしっかりと連携できたことが最も大きな要因だと思います。これまでは新規顧客の獲得をイベントにのみにフォーカスしていましたが、年間を通じてどれだけLTV(=Life Time Value、顧客生涯価値)を積み上げられるかに意識を向けました。イベント開始前に新規顧客を獲得して購買体験をしてもらい、イベントで再度買ってもらう流れを確立しています。「継続は力なり」ということで、この2年で認知が拡大したことによりユーザーの熱量が顕著に上がり、12月のイベントで付与したポイントの消化率も85%以上となり、お客さまの定着率も伸びています。
作間:また、明確にマーケティング施策も購買に貢献した1年だったと思います。ユーザーをLTVとブランドへの接触回数で区分けした上で、マーケティング部門と一緒にその状況をモニタリングしています。どの施策がどれだけ効いたか、購買接点への送客だけでなくアクションの起点となったかなど多面的に分析することで、ユーザーの解像度・理解度が深まりました。投資対効果が明確になることで、より効率的なエンゲージメントと次への打ち手に繋っています。そして、アイスタイルの強みは、リアルとネットを融合したプラットフォームにありますが、社会全体で見ても店舗を交えたリアルタイムマーケティングの事例は少ないので、独自のマーケットポジションをさらに強くする価値の源泉であるとも考えています。
【リアルとネットが融合したプラットフォームの価値】
菅原:一方でブランドにとっても、ユーザーエンゲージメントが上がるとプロモーション効果も大きくなりますよね。アイスタイルはメディアでユーザーがブランドのことを知れる単なる情報接点だけではなく、店舗・ECでの販売や販促などバリューチェーンの下流でもちゃんとユーザー行動の出口をつくってあげて、"@cosmeでは売れる"からこそ、ブランドから受注いただくプロモーション活動も活発になっています。この数年、メディア・EC・店舗を融合していくなかで、ユーザーエンゲージメントの高まりによってブランド向けサービスの事業拡大も加速している実感がありますか?
天野:EC・店舗の事業規模が大きくなればなるほど、ブランドにおける"@cosmeでは売れる"という認知と期待感も高まっています。せっかく売れるなら、その状況を加速させたいとブランドも考えるので、ユーザーエンゲージメントの場における接点の大きさが予算投下の判断に寄与して、それがマーケティング支援事業の業績にも反映されています。単なるメディアに掲載するデジタル広告だけでなく、旗艦店である@cosme TOKYO・@cosme OSAKA、@cosme STOREなどの店頭を使った販売促進サービスや、それら訴求内容を連携させた施策により、ユーザーが動いているからこそプロモーションがネットとリアルを横断した立体的なものとなり、それに伴ってプロモーション案件での平均取引単価もここ数年で大きく上がっています。ただ課題もあり、平均取引単価が大きくなるに連れて、クライアントが大手ブランドに傾倒しがちになってしまいます。@cosmeのポリシーとして、ユーザーに支持されるブランドや、コスメの情報を求めるユーザーに適切に届けることを前提にしているため、立ち上げたばかりのブランドにも当社のマーケティング支援サービスをご利用いただけるよう、ユーザーへのアプローチとユーザー行動を分析するサービスを細分化して、取引ブランドの裾野を広げています。これにより、色んなブランドとの取引が増えたことも、ここ数年の特徴ですね。
菅原:大手ブランドとの取引単価も上がり、さらに取引ブランド数も順調に増えています。そのなかで中堅ブランドや新しく台頭してきたブランドからの受注が飛躍的に伸びた背景を教えてください。
天野:ちょうど新型コロナウイルスが大流行した4年前、業界全体で業績が厳しいなか、比較的体力のあった大手ブランドに取引が偏重していました。この課題を解決するために、ブランド向けセミナーの実施や新規取引開拓の組織を新設したことで、より多くのブランドにリーチできる状況をつくりました。さらに、EC・店舗を横断した営業戦略にシフトした結果、受注いただける関係性を構築することができたのです。
菅原:業務提携をしたトレンダーズ社との取り組みについてですが、最近では国内ブランドのみならず韓国ブランドからも受注が増えてきています。直近の動きはどうでしょうか?
天野:まず、お互いの提供価値をそれぞれのクライアントに提案できる状況をつくりました。今まで当社とのお取引があまりなかったブランドにおいても、関係値が強いトレンダーズ社を経由して大きな受注に繋がっています。さらに、これからは単なる足し算ではなく、トレンダーズ社のSNSマーケティングのノウハウと@cosmeのプラットフォームの価値を掛け合わせた、全く新しい価値の提供も考えています。今まさにプラットフォームが拡大するなか、データがさらに蓄積・活用され、分析・仮説・検証ができる幅も広がりました。そこにソーシャルメディアでの施策も組み合わせるとPDCAを回す要素が増えるため、@cosmeとSNS両方を活用することで次のアクションへの示唆に繋がるデータが蓄積できるとブランドにお伝えしています。
菅原:まさにそのデータの活用について、ブランドオフィシャルとは別に新しいサービスであるデータドリブンソリューションが構想段階から次のフェーズに移りましたが、今の手応えはどうですか?
天野:こちらも既に、複数のPoC(=Proof of Concept、コンセプト検証)プロジェクトが始まっています。@cosmeのプラットフォームが大きくなったことで、ブランドが知り得ない購買前のユーザー行動データも積みあがっています。このデータをマネタイズすることがこの新規事業の目的であり、ブランドのマーケティング活動を支援・アップデートするもう1つの武器となります。もちろん、ブランド毎に課題やマーケットポジションなども異なるので、それぞれヒアリングして精緻に方程式化している実験段階ですが、販売職・研究開発・マーケティングなど多岐にわたる部門においてニーズがあるので、今までの広告窓口とは別に価値提供できるポテンシャルがそこにあることを確認できました。
【プラットフォームの価値最大化に向けた今後の施策】
菅原:最後に、今期におけるそれぞれの意気込みを教えてください。
作間:引き続きアプリを起点にユーザーコミュニケーションの活性化に注力します。メディアや店頭からアプリユーザーを増やしながら、アプリでの体験提供も豊かにしたい。昨今、著名な経営学者であるフィリップ・コトラー教授により「マーケティング6.0」が提唱されイマーシブ(没入感のある)な顧客体験の提供が注目されていますが、まさにメディア・EC・店舗を連携させて我々が実現してきたことと一致するので、ここを磨きあげることでユーザーアクションを活性化し、熱量をもっと上げていきたいと思います。そして、もう1つがパーソナライゼーション。豊富なユーザーデータを読み解くことで、その人にあわせた心地よい体験を提供するコミュニケーションにフォーカスします。さらに、そのなかで拡充されていくユーザーの志向性を含む体験データをもとに、アプリからEC・店舗に訪れたくなるような体験設計で、プラットフォームのサイクルを大きくしていきたいと考えています。
天野:今期はまずデータ構造を明確化することで、他者から見た時に我々が持つデータの価値がどれだけあるのかを示したいと思います。ユーザーの購買情報に加え、購買前後のデータ、そして膨大なクチコミデータを唯一持っていることが当社の強みであり、さらに他社が持つマクロデータと掛け合わせることで仮説・検証できる幅や深さもより広がるので、他業界のメーカー・企業にもソリューション提供が可能だと感じています。実際に既に他業界からの引き合いもあり、今後は別方面でブランド向けサービスを展開できるポテンシャルもあるので、AIを使ったクチコミ分析の自動化などの実験的な試みも並行しながら、データ活用の機会を模索しています。現状においても、アイスタイルが提供できるソリューションの幅は広がっているので、そこをブランドに認知してもらうことが一番ですね。
本橋:プラットフォームも大きくなり、EC・店舗でのユーザーの動きも変わった1年だったので、ここをさらに磨きあげていく前提ですが、改めて原点に立ち返って何が大事かをちゃんと見つめ直したいと考えています。すなわちそれは、ECや店舗での購買機会で、ちゃんと一人ひとりに心地よい体験を提供して、また来たいと思ってもらえているか。これを徹底することで結果的にお客さまが増え、データを含めたプラットフォームの成長にも繋がると考えています。私たちが提供してきた価値は「ユーザーとブランドとの出会い」なので、改めてそこをブランドとつくりあげることに立ち返り、一緒に化粧品業界をアップデートしながら、一番分かりやすい顧客接点であるEC・店舗で実現していきます。